公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第1075回】同盟国を不安に陥れる米政治の混乱

湯浅博 / 2023.10.10 (火)


国基研企画委員兼研究員 湯浅博

 

 米議会の未曾有の混乱は、「帝国の復活」を夢見るロシアと中国の独裁国家を勇気づけている。米下院はつなぎ予算からウクライナ支援を除外したうえ、米国史上初めて議長を解任してしまった。米議会の機能不全とウクライナ支援の凍結は、欧州だけでなく、日本などアジアの同盟国をも不安に陥れる。中国が「米国弱し」と誤算して、台湾攻撃を仕掛ける懸念が急速に高まるからだ。

 ●台湾侵攻のハードルが下がる
 米国はインド太平洋で、ロシア、中国、北朝鮮の三つの核兵器保有国と同時に対峙している。その最前線に位置する同盟国の日本にとっては、米国の安全保障上の存在感が国家の存立に直結する。
 ロシアのプーチン大統領は、帝国時代の栄光を取り戻す野心から、2014年にウクライナのクリミア半島を一方的に併合し、2022年にはウクライナに対する大規模侵略を開始した。中国の習近平国家主席も「中華民族の偉大なる復興」を掲げるなど帝国回帰への意識が強く、建国100年の2049年までに諸民族の中でそびえ立つと宣言した。そのための条件が台湾併合であり、習主席は2027年までに台湾攻撃の準備を整えるよう軍に指示している。
 厄介なことに、この二つの独裁国家は、米国がすでに衰退過程に入ったと確信している。中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は10月4日、マッカーシー下院議長の追放は米政治の分断を示し、「それがまさに、米国の民主政治を象徴している」と民主主義の弱点をえぐり出していた。
 今の中国は不動産バブルが崩壊し、過剰債務の重圧、若者の高失業率が重なり、共産党の弱さをさらけ出している。それでもなお、世界の120カ国以上の国は中国が最大の貿易相手国であり、中華経済圏の拡大を目指す「一帯一路」構想には140カ国以上が参加国として登録する。中国が巨大国家であることに変わりない。
 しかし、既存の大国である米国が不安定になると、新興の独裁国家が危険な賭けに出るハードルも下がる。プーチン氏が誤算を重ねて突然ウクライナ侵略を決断したように、習氏も台湾侵攻に踏み切りかねない危うさがある。ましてや、ウクライナが米欧からの支援を継続的に受けられずに敗北すれば、中国の台湾攻略が現実性を帯びる。

 ●岸田政権に求められる覚悟
 従って、日本、米国、オーストラリア、インド、フィリピン、韓国など自由陣営による対中抑止の強化は最優先政策である。岸田文雄政権はバイデン政権だけでなく、米国の野党共和党に対しても、ウクライナ支援の断絶が台湾有事に直結するとの説得攻勢をかけるべきだ。その際、日本が自衛隊保有の兵器をウクライナに送る決意を示さなければ説得力を持たないだろう。
 岸田政権は確かに、防衛費を5年間で国内総生産(GDP)比2%への引き上げを決断し、かつ反撃能力を保有するという政策転換を果たした。対中抑止を一層強固にする多国間防衛と核オプションの拡大、憲法の改正を通じて、防衛体制を速やかに固める覚悟を岸田政権には求めたい。(了)
 
 

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