公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

中川真紀

【第1174回】中国軍機の領空侵犯を読み解く

中川真紀 / 2024.09.02 (月)


国基研研究員 中川真紀

 

 8月26日、中国軍のY9情報収集機が長崎県の男女群島沖で、中国軍機としては初めて日本の領空を侵犯した。同機は台湾及び日本への軍事作戦を担当する中国軍5大戦区の一つ、東部戦区の所属であり、これまでも日本周辺空域での飛行が確認されている。
 今回の領空侵犯が故意か過失かは不明だが、中国軍、特に東部戦区の①対日情報収集範囲の拡大②日本を対象とする海空域防衛の強化―を注視する必要がある。

 ●情報収集の範囲拡大
 まず、①であるが、これまでY9情報収集機は、九州から南方へ伸びる南西諸島周辺を主に飛行しており、今回初めて九州西部へ接近した。九州にある航空自衛隊レーダーサイトや、海上自衛隊と米海軍の佐世保基地の情報収集、さらに空自西部航空方面隊の緊急発進態勢の確認を本格的に開始した可能性がある。
 今回の領空侵犯は、このような対日情報収集範囲の拡大過程において、対日配慮よりも情報収集任務を優先させた結果、生じたと言える。

 ●海空域防衛強化を習主席にアピール
 次に注視すべきは、②の東部戦区による日本への対応の強化である。
 この背景にあるのは、7月30日に習近平中国共産党中央委員会総書記(国家主席)が党政治局第16回集団学習において指示した「国境・海空防衛力の整備」であろう。習氏は「現代的な国境・海空防衛力の整備推進は、強国建設と民族復興の偉業を全面的に推進するうえで、重要な意義を持つ」と述べ、「国境・海空域防衛の新たな状況、新たな特徴、新たな要請を把握し、強大で堅固な現代的国境・海空防衛力の整備に努力せよ」と指示した。人民解放軍の創立記念日である8月1日の直前に出された指示は、軍にとって絶対に遂行する必要がある。
 さらに東部戦区は日本固有の領土である尖閣諸島を担当する海警総隊(別称・中国海警局)東海海区を含んでおり、昨年11月には東海海区司令部が習氏の視察を受け、日本が対象と考えられる「海上権益保護の法執行能力向上」を直々に指示されている。日本に対する海空域防衛において「新たな状況、新たな特徴、新たな要請」に対処する必要が発生した。
 加えて、東部戦区の担当区域内においては、7月に海自護衛艦による領海侵入があり、8月には尖閣諸島の魚釣島に上陸したメキシコ人が海上保安庁により救助・書類送検されたことにより日本の警察権行使を目の当たりにするといった出来事が続いた。日本に対して任務優先の情報収集を行い、海空域防衛での新たな取り組みを習氏にアピールすることを狙った可能性がある。

 ●活動さらに活発化へ
 今後も東部戦区をはじめとする中国軍は「国境・海空防衛力整備」の過程において、日本へ新たな対応を打ち出してくるであろう。今回の領空侵犯はその始まりに過ぎない。日本周辺海空域の新たな場所で、新たな手段による活動が活発化する可能性は大きい。(了)