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織田邦男

【第1175回】領空侵犯に毅然と対応できる法整備を急げ

織田邦男 / 2024.09.02 (月)


国基研企画委員・麗澤大学特別教授・元空将 織田邦男

 

 8月26日、中国軍のY9情報収集機が、長崎県の男女群島付近の日本領空を約2分間にわたって侵犯した。中国軍機による我が国の領空侵犯は初めてである。
 国際法上、国家は領空において「完全かつ排他的」な主権を有している。領海のような「無害通航権」(沿岸国の平和・秩序・安全を害さない限り、その国の領海を自由に通航できる権利)は認められていない。従って、外国の軍用機が領空を侵犯した場合、これを退去させ、または強制着陸させる措置をとり、それに従わない場合、撃墜することも認められている。最近の事例では、2014年にシリアのミグ29が、2015年にはロシアのSu24が、それぞれトルコ領空に侵入し、トルコ空軍のF16によって撃墜されている。
 中国外務省報道官は27日、「中国には、いかなる国の領空も侵犯する意図はない」と述べ、国防省報道官も「深読みしないよう望む」と述べた。しかし、今回の事例は明確な主権侵害行為であり、日本政府は毅然とした態度をとらねばならない。

 ●中国のサラミ・スライス戦略
 筆者は、今回の領空侵犯には三つの可能性があると考えている。一つ目は、パイロットの単純ミスの可能性。二つ目は、あえて特異な行動を起こし、自衛隊の反応時の電子情報を収集しようとした可能性。三つ目は領空侵犯後の日本政府の対応や日本の世論の動向を探ろうとした可能性、である。
 最悪は3番目であり、これに備えておかねばならない。日本の対応如何によっては、今後、中国が得意とする「サラミ・スライス戦略」に踏み出してくるかもしれない。サラミ・スライス戦略とは、サラミを少しずつスライスするように、小さな行動を積み重ね、時間の経過と共に現状変更をもたらす戦略である。尖閣諸島の領空侵犯を常態化し、日本の実効支配を奪うことを考えている可能性もある。

 ●現行法に欠ける撃墜権限の規定
 同様な領空侵犯が再び起きた場合、日本は国際法に則り毅然として対応できるのか。日本の弱点は国内法制にある。領空侵犯に対しては自衛隊法84条で、強制着陸または領空から強制退去させるため必要な措置を講じることができると規定されている。しかし、侵犯機がそうした措置に従わない場合に撃墜できるという規定(権限規定)は存在しない。
 自衛隊法の制定時は、領空侵犯に対する措置の大部は公海上空でなされるため、国際法で律すればよいとの考えだったようだ。だが、その後の国会審議などで、「規定がなければ自衛隊は動けない」との解釈が定着した。その後、84条には権限規定が含まれるとの政府答弁がなされたが、法曹界からは異論が出ている。
 法的根拠が不明確なままでは、現場は毅然と対応することはできない。今回の領空侵犯で、中国のサラミ・スライス戦略が始まったと見ておくべきだ。明確な権限規定の策定を急がねばならない。(了)