自民党総裁選挙で最有力候補の一人と目される小泉進次郎元環境相は9月6日の出馬会見で、労働市場の規制改革を1年の期間限定でやり遂げるという決意を表明した。しかし、労働市場の流動化はわが国経済の需要回復が前提でなければならず、優先順位を間違えると失業者を生む結果になりかねない。
他方、会見中の「インフレや金利があっても成長する経済をつくる」という発言には驚いた。どうもインフレや金利への理解が浅いようだ。現在、政府は賃金と物価の好循環に基づいた2%の物価安定目標を掲げているが、この程度の緩やかなインフレは経済成長に必要である。また、普通の経済では金利が付くのは当たり前である。この点で、黒田東彦前日銀総裁時代のゼロ金利政策を異常と批判する意見があるが、ゼロ金利政策が異常だったのではなく、そうせざるを得なかったデフレが異常だったのだ。
●需要回復が規制緩和の前提
小泉氏は、日本経済は衰退しつつあり、その原因は社会に漂う閉塞感だと言う。とりわけ、優秀な人材や資金が大企業に集中し、中小企業、特にスタートアップ企業(新興企業)に流れないのが根本原因だとし、労働市場に関係する規制の改革、例えば解雇規制を緩和し、大企業から中小企業に人材が流れるようにすることが必要だと強調する。また、大企業は人材育成やリスキリング(学び直し)に注力する義務があるとし、解雇規制緩和や人材育成の義務付け等を内容とする新規立法が必要だと主張する。
確かに、人材が生産性の高い産業や企業に移るという「労働市場の流動化」は重要であり、生産性の向上に資する。しかし、労働力の流動化が経済や国民生活に寄与するためには前提条件がある。わが国の経済に十分な需要がなければならないのである。需要不足の下で解雇規制を緩和し、いわゆる金銭解雇を自由化すれば、次の職場を見つけるのが困難となり、失業する可能性が高い。
規制緩和によって競争的環境を整備することは重要であり、アベノミクスの成長戦略が意図するところであった。しかし、十分には機能しなかった。需要が足りなかったのである。デフレ環境の下で、労働移動の自由化はできないし、やってはいけない。労働者はリスクが大きいので現在の職場から動かないし、賃金も上昇しない。賃上げよりも職場の確保のほうが大事だからだ。デフレ経済は、あらゆる面で現状維持の方向に働く。
●労働力流動化を急ぐな
現在、ようやく賃金と物価の好循環の兆しが見え、エネルギーや食糧等、海外由来のコストプッシュ・インフレが減衰し、国民の消費活動によるディマンドプル・インフレが始まりつつある。しかし、まだ、我が国が需要不足経済であることに変わりはない。労働市場の流動化を目指す方向性には賛成だが、需要が潜在的供給力を上回るまで積極財政と金融緩和を継続するのが先決である。労働力の流動化を急いではならない。(了)