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黒澤聖二

【第1178回】中国軍測量艦が測量実施なら国際法違反

黒澤聖二 / 2024.09.09 (月)


国基研理事・元統合幕僚監部首席法務官 黒澤聖二

 

 中国軍のシュパン級測量艦が8月31日、鹿児島県口永良部島沖のトカラ(吐噶喇)海峡で我が国領海内に侵入した。日本政府の抗議に対し中国外務省は9月2日、国際海峡の「通過通航権」の行使であり、正当な通航と主張した。
 果たしてトカラ海峡は国際海峡なのか。何故中国艦は大隅海峡(鹿児島県大隅半島沖)や宮古海峡(沖縄県の宮古島と沖縄本島の間)でなく、幅の狭いトカラ海峡を通ったのか。本稿では、その国際法上の意味と中国の狙いについて考察する。

 ●許されるのは無害通航のみ
 国連海洋法条約の規定によれば、国際海峡とは、公海(または排他的経済水域)と公海(または排他的経済水域)の間にあって、国際航行に使用されている海峡を指す。トカラ海峡は国際航行の使用実績が乏しいので、国際海峡の要件を満たさない。つまりトカラ海峡は領海のみで構成され、外国船に適用されるのは領海内の無害通航権である。
 外国船は沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り、沿岸国の領海を通航できる。しかし、「調査活動」や「測量活動」は「無害」とされず、許されない。問題の中国軍測量艦が調査や測量をしながらトカラ海峡を通過したなら、無害でない通航、すなわち違法な通航となる。これに対し、国際海峡であれば、沿岸国の事前許可がある場合に限り、調査や測量は可能となる。

 ●増える列島線突破ルート
 今回の中国側の狙いは、7月4日に海上自衛隊の護衛艦「すずつき」が中国浙江省沖の中国領海に侵入したことへの対抗措置との見方もある。しかし、中国軍艦のトカラ海峡への侵入は今回が初めてではない。2016年6月15日に中国のドンディアオ級情報収集艦が同海峡を通過したのを皮切りに、複数回、中国測量艦が国際海峡の通過通航を主張して侵入の実績を積み重ねてきた。だから今回の事例を海自護衛艦の領海侵入への対抗措置と言い切ることはできない。
 そもそもトカラ海峡を国際海峡として通過通航できれば中国にとって好都合なのである。なぜなら、国際海峡では「継続的かつ迅速な通過のための航行及び上空飛行の自由」(海洋法条約)が認められ、軍用機の上空飛行や潜水艦の潜航も可能だからだ。すると、東シナ海と太平洋を隔てる第1列島線を突破する際、ほぼ自由に通航できる大隅海峡や宮古海峡以外の選択肢が増えるというメリットがある。
 今後も中国は淡々と実績づくりをするだろうが、これは国際法の解釈に絡む一種の法律戦と言える。日本政府は、トカラ海峡が通過通航権の認められる国際海峡でないことをもっと強力に国際社会に訴えるべきである。(了)