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加藤康子

【第1180回】米の安全保障に貢献するUSスチール買収

加藤康子 / 2024.09.12 (木)


国基研企画委員・元内閣官房参与 加藤康子

 

 バイデン米大統領は「国家安全保障上のリスク」を理由に、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収を阻止する準備に入ったと伝えられる。次の大統領の座を争うトランプ前大統領(共和)とハリス副大統領(民主)も、この買収に反対している。岸田文雄首相と自民党総裁選立候補者は「日本は米国の強固な同盟国で、安全保障上のリスクはない」と、理不尽な政治介入に抗議すべきだ。これまで対米外国投資委員会が安全保障上の理由で買収計画を却下したのは8件で、殆どが中国関係である。
 米国が粗鋼生産量で圧倒的な中国企業に対抗するには、日鉄の高級鋼製造技術が必要である。USスチールの粗鋼生産量は世界24位の年間1500万トンに過ぎず、世界4位の年間4400万トンの日鉄と組むことにより、世界第3位のトップメーカーに返り咲く。日米でサプライチェーンを構築することは、米国の安全保障に大いに貢献する。

 ●バイデン政権と通じる競合社
 USスチールが立地するペンシルベニア州のシャピロ知事は「地元の雇用を守ることが最も重要だ」と述べているが、そうであれば日鉄の買収を後押しすべきだ。同州ピッツバーグはUSスチール発祥の地であり、モノンゲヘラ川沿いに多くの高炉があったが、1970~80年代に次々閉炉となり、今は3工場しか残っていない。それでもペンシルベニアで4000人以上の雇用を抱えている。
 9月4日、ピッツバーグのUSスチール本社前には、数百人の従業員が日鉄の買収支持のために集まった。USスチールのブリット最高経営責任者(CEO)は「(日鉄の買収が破談に終わったら)ペンシルベニアの工場は閉鎖に追い込まれ、数千人の雇用を奪う」と警鐘を鳴らしている。
 全米鉄鋼労働組合(USW)が日鉄による買収に反対していることについて、ピッツバーグ近郊ウェストミフリンの市長は「地元の市民も労組も(買収を)支持している。なぜ我々を無視して話が進められるのか」と憤る。USWの代表はUSスチールの買収に失敗した米鉄鋼大手クリーブランド・クリフス社の意見を代弁している。同社のゴンカルベスCEOはバイデン大統領と親しく、日鉄の買収を政治的に止め破談にした後、解体されたUSスチールを自社が買収する意向を示している。

 ●日鉄が米製造業に光をもたらす
 USスチールの歴史あるモンバレー製鉄所は1938年建設で老朽化が激しく、解体の対象になる。だが、日鉄はこのモンバレーの高炉の近代化にも多額の追加投資を約束している。日鉄はUSスチールの看板を替えず、雇用や年金支払いも約束しているので、地元が失うものは何もない。株主は98%の圧倒的多数で日鉄の買収を歓迎している。日鉄は買収合意時の株価に40%上乗せし、149億ドル(約2兆円)という巨額の資金を投じるのである。
 これから先、日鉄の惜しみない投資は高級鋼製造技術を米国にもたらす。その投資は、米国の悲願だった自動車や最終完成品を生産するラストベルト(錆びついた工業地帯)の工場群を再建するだろう。米大統領選で労働者票の激しい争奪戦を繰り広げているハリス、トランプ両候補には、日鉄による買収こそ米国の製造業に再び光をもたらすことを思い起こしてほしい。(了)