公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

西岡力

【第1182回】韓国医療危機で保守派が大統領離れも

西岡力 / 2024.09.17 (火)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学特任教授 西岡力

 

 「連休中に事故に遭ったり急病になったりしても、救急医療体制が崩壊しているので治療を受けられず生命の危険がある。なるべく出掛けるな。お墓参りもやめた方が良い」。今年1月まで韓国の小児専門救急医療センターで勤務し、4月の総選挙で当選して保守野党・改革新党の国会議員となった李妵鍈氏が旧暦お盆の連休(9月16~18日)を前に家族や友人に行った助言だ。
 2月に尹錫悦政権が、今年度入試から医学部定員を3000人から5000人に増員する「医療改革」を宣言した。救急医療、小児科、内科、外科など「必須医療」(命に関わる部門)の医師と地方病院の医師が不足している状況の改善が目的とされた。増員2000人という数字は大統領選挙の公約にもなく、発表当日に医療界代表に突然示された。4月の総選挙で与党を勝たせるための政策だという見方が当初からあった。

 ●医学部定員増に医師らが反発
 それに医師らが反発。必須医療の志願者が少ないのは全体の医師数不足のためではなく、重症患者への医療行為の診療報酬の低さと、医療行為に関して頻繁に刑事、民事責任を問われる司法リスクのためだと主張してきた。政府はその意見を無視して、医師らが比較的収入の多い整形外科や皮膚科などに集中していることが理由だから、医師数を増やせば医師の収入が減って、必須医療や地方病院に回る医師が出てくるとして増員を強行した。
 それに対して若い医師と医大生が反乱を起こした。大学病院など大病院の医療現場を長時間勤務と低賃金で支えてきた専攻医(専門医を目指す研修中の医師)1万3531人の9割以上に当たる1万2380人が辞表を出して病院を離れた(7月現在)。政府は違法ストだとして職場復帰命令を出し、リーダーを警察に呼び出して長時間取り調べを行っている。しかし、専攻医は復帰せず、大病院では専門医や教授らが少人数で医療現場を守ってきたが、体力、気力の限界を覚え病院を去る者が次々に出てきた。医大生も1万8218人のほぼ全員の1万7723人が休学届を出した(7月現在)。

 ●尹大統領の支持率急降下
 医師らは、今年度入試の定員増を取り消して、専攻医と医大生を復帰させなければ医大卒業生、専攻医修了者がほぼゼロになり、医療現場に取り返しのつかない混乱が起きると警告する。しかし、尹大統領は改革には抵抗がつきものだとして2000人増員に固執している。野党はもちろん与党からも政権の硬直した姿勢に批判の声が上がり、今年の入試はそのままにして来年度入試の定員を白紙化し医師らと与野党、政府で今後の対応を協議するという案が出されたが、医師らは今年の入試の定員を元に戻すことを協議参加の条件にしている。
 尹大統領の政策強行に対して、在野の保守派からも反発が強まり、支持率が20%まで落ち、全年齢、全地域で不支持が支持を上回った。保守派リーダーの趙甲済氏は「尹大統領一人の頑固さのために国民の命が危機にさらされている。尹大統領を引きずり下ろすしかない事態になりかねない」と危機感を強めている。(了)