公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

冨山泰

【第95回】原発問題で肩すかしの提言

冨山泰 / 2011.06.27 (月)


国基研主任研究員 冨山泰

菅直人首相の諮問機関「東日本大震災復興構想会議」が6月25日に発表した提言で、東京電力福島第一原子力発電所事故への対応や将来のエネルギー戦略に関する記述は不十分と言わざるを得ない。原発問題こそ最重要である今、今回の提言は肩すかしである。

欠落した冷静な分析
復興構想会議の『復興への提言』の本文39ページのうち、原子力災害に関する章はわずか3ページだ。しかもその内容は、広島・長崎の原爆被害と福島の原発事故を二重重ねにして、原子力への恐怖を情緒的にあおりかねないもので、放射能被害を冷静に分析する視点がない。

また、太陽光や風力など再生可能エネルギーの導入促進を訴えているが、「脱原発」なのか原発維持なのか、肝心な点がはっきりしない。

提言発表の前日、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)の月例研究会で、研究者と政治家が原発事故による放射能被害を討論した。

静岡県立静岡がんセンターの山口建総長は「年間20ミリシーベルトの低レベルの放射線を浴びても、がんで死亡する確率は0.1%増える程度」であり、がん対策を講ずれば、死亡率を容易に下げられると述べ、原発事故による健康被害を冷静にとらえるよう呼び掛けた。

原発から同心円の避難区域を設けて住民を一斉に退去させるやり方については、科学的でも合理的でもないと批判。「放射線による健康被害を受けにくい中高年の住民については、浴びてもよい放射線量の基準を高めに設定し、避難するかどうかを自分で決められるようにすれば、自殺者を増やさない対策にもなる」と訴えた。

必要なエネルギー安保の視点
これに対し細野豪志首相補佐官(衆院議員)は、福島原発から20キロ圏内の住民に出した一斉避難指示は原子炉格納容器の水素爆発という万が一の事態に備えたものだと初めて聞く説明を行った。原子炉の状態が落ち着けば、住民に帰宅の選択肢を与えることもあり得ると述べたが、そうであるなら国民にきちんと情報開示する必要がある。

復興構想会議の提言は原発の位置付けがあいまいだが、「エネルギー安全保障(安定した安価なエネルギーの確保)のため原子力は捨てられない」と力説したのは京大原子炉実験所の山名はじむ教授である。再生可能エネルギーによる発電には、バックアップ電源として天然ガスを中心とした火力発電が必要となるが、天然ガスの確保には依然問題が多く、「原子力の放棄はエネルギー安全保障の弱体化を意味する」と強調した。

日本の産業の現状と将来の展望を考える時に、復興構想会議が原発の持つ意義をどこまで理解しているのか疑問である。原発から目をそらす復興などあり得ないのに、菅首相は原発を会議の議題から外す指示を当初出していた事実さえある。(了)

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第95回:原発問題で肩すかしの提言(冨山泰)