国基研副理事長 田久保忠衛
米国とミャンマーの間で事態が急速に進展しているように思われる。
クリントン米国務長官は11月30日から12月2日までの3日間ミャンマーを訪問する。米国の国務長官がこの国を訪れるのはアイゼンハワー政権時のダレス長官以来だから、57年ぶりだ。
これに先立って米国ではミッチェル国防次官補代理(アジア・太平洋安全保障問題担当)がミャンマー特別代表・政策調整官(大使級)に就任し、9月にミャンマーに飛んで5日間にわたり政府高官や野党幹部と話し合いを行った。9月末にはワナ・マウン・ルウィン外相がニューヨークとワシントンで国務省幹部と会談している。10月にはミッチェル特別代表がミャンマーを再訪した。慌しい動きだ。
ダム工事凍結が契機
ミャンマーで3月に大統領に就任したテイン・セイン大統領は軍政下で首相を務めた将軍だが、次から次へと進めているのは民主化政策だ。言論、報道への厳しい規制を緩め、民主化運動の指導者アウン・サン・スー・チー女史といち早く会談した。政治犯を釈放し、昨年11月の総選挙をボイコットして解散させられたスー・チー女史率いる国民民主連盟(NLD)の政党再登録も決めた。
ミャンマーの新政権はどうやら民主化に向かっていることを東南アジア諸国連合(ASEAN)も認めたのだろう。先にインドネシアのバリ島で開かれた首脳会議では、2014年のASEAN議長国をミャンマーとすることを決めた。
オバマ大統領がクリントン国務長官派遣を決める最大の材料となったのは、ミャンマー北部のイラワジ川上流で中国との共同事業として始めた「ミッソン・ダム」工事の凍結をテイン・セイン大統領が9月30日の議会で発表したことだろう。大統領は「工事推進に反対する国内の世論を考えて」と凍結の理由を述べた。軍事政権では考えられなかったが、世論の尊重を最高指導者が公の場でするようになったのである。
スー・チー女史をはじめとする知識人たちが反対に立ち上がったのは、工事を担当する中国電力投資公司が作成した報告書が外部に漏れ、その中に工事が自然の生態系に少なからぬ影響を及ぼす旨が書かれていたためだ。しかも電力の90%は中国南部に流れる。中国はミャンマーの一方的な工事凍結に激怒している。
民主化の連鎖反応も
クリントン長官の訪問は中国とミャンマーの間に楔を打ち込む大きな契機になるかもしれない。イラワジ川がミャンマーの歴史にどのような意味を持つかすら理解できない中国の自業自得だ。その中国の南側出口に民主主義国家が誕生したらどうなるか。北朝鮮、チベット、ウイグル、中国内の民主化勢力への連鎖反応はないか。米国は「アジアに戻ってきた」と言っていい。(了)
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第117回:米が中国・ミャンマー関係に楔(田久保忠衛)