公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

三好範英

【第384回】共有できなかった欧州統合の理念

三好範英 / 2016.06.27 (月)


読売新聞編集委員 三好範英

 

 欧州連合(EU)離脱を巡る英国民投票で、他のEU加盟国はそろって英国の残留を望んでいた。離脱決定により大陸欧州に激震が走ったといっても誇張ではない。ドイツのメルケル首相は声明で、「英国民の決定はとても残念。今日は欧州統合プロセスにとっての転機」と率直に表明した。言葉に力はなく、あたかも求愛が片思いだったことが分かって途方に暮れる恋人のような趣があった。
 とりわけナチス・ドイツによる侵略の歴史を抱えるドイツにとって、多国間協調の欧州の実現は国是とも言うべき理念であり、それを進めてきたという自負も強かった。平和や連帯といった欧州統合の理念をついに共有できなかった英国への失望は大きい。
 
 ●実利重視の海洋国家
 しかし、その理念先行の欧州統合のあり方こそ、英国が離脱を決断した根底にあるものかもしれない。英国がEUに期待したものはあくまでも、開かれた市場、自由貿易を通じた経済的な利益だった。海洋国家ならではのグローバルな視野を持つ英国の存在は、EUに風通しの良さをもたらしていた面があったが、肌合いの違いは遂に克服できなかった、ということではないか。英国離脱を引き金に、デンマーク、オランダなどの離脱の可能性が取りざたされている。両国とも英国と似た海洋国家としての性格を強く持つことは偶然ではないだろう。
 離脱決定は政治主導で進んできた欧州統合に対する民衆の反乱の側面も持つ。モノ、カネ、ヒトの移動の自由化という欧州統合の理念は、グローバル化の流れに乗るものだが、移民や難民の流入に対する人々の不安を増大させ、国家への回帰という逆流現象を生んだ。
 ドイツに次ぐ第2の経済規模の英国が抜けたEUでは当然、ドイツの比重が増す。EU理事会の決定に何かと拒否権を行使した英国が抜け、欧州統合を深化させる好機到来、との見方もドイツ国内にある。ただ、過去に縛られ低姿勢を余儀なくされてきたドイツの政治指導者に、欧州を背負うだけの用意はまだない。ギリシャ救済、ウクライナ紛争、難民流入と
いったさまざまな危機で、ドイツがコンセンサス形成を目指せば、反発もまた強かった。
 
 ●保護主義経済圏へ退行も
 英国なしのEUは、保護主義的なブロック経済に退行するかもしれない。事実、これまで他国との間の自由貿易協定に最も前向きだったのが英国であり、日EU経済連携協定(EPA)交渉の行方も不透明感を増すだろう。
 英国のEU離脱による新たな危機は、欧州の国家間、そして国家内の分断を一層加速させるだろう。中東欧諸国のEUへの期待はまだ強いが、海洋国家の色彩が濃い国から徐々に離脱し、将来的にEUは、ドイツに支配される中東欧の経済ブロックに縮小する、そんなシナリオもあり得るのではないか。(了)