公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

今週の直言

湯浅博

【第518回・特別版】逆回転を始めた「一帯一路」

湯浅博 / 2018.06.04 (月)


国基研企画委員 湯浅博

 

 中国が主導する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の野望が、ついに逆回転を始めた。構想に乗りかけていたマレーシアで、マハティール新政権がマレー半島高速鉄道計画の中止を表明したからだ。途上国によくある権力の腐敗、宗教の対立、経済の混乱は、拡張主義の中国が構想を押し付ける絶好の機会を提供する。ナジブ前政権下のマレーシアはまさに政府債務が国内総生産(GDP)の54%に達し、公的資金流用疑惑に満ちていた。

 ●マレーシアが高速鉄道計画中止
 すでに政界を退いていたマハティール氏は、こうした現状への危機意識に突き動かされたのだろう。ナジブ前政権による550億リンギット(約1兆5300億円)に上る中国からの巨額借り入れは、身の丈に合わない「債務のワナ」であるとみた。92歳という高齢を押して5月の総選挙に出馬したマハティール氏は、対中不信の一撃を放っていた。
 「中国は大金を持って現れ、それを貸し付けるというが、どのようにそれを返済するかを考えるべきだ。プロジェクトに誘惑されて返済の存在を見失う国があるが、気づいたら国の大部分を失うことになる」
 一帯一路のうち海のシルクロードは、南シナ海からマラッカ海峡を抜けてインド洋に入る。マハティール氏は、沿岸のスリランカ、モルディブ、ジブチなどで債務返済が滞り、スリランカが借金のカタに拠点港ハンバントタを99年貸与させられた一帯一路構想の実態を見ていた。中国がマレーシアの港湾を潜水艦の寄港地にするとの観測もあり、中国に19世紀の欧州植民地主義と同じにおいを感じたのかもしれない。

 ●対中政策見直すアジア諸国
 一帯一路構想に基づき、すでにパキスタン、ラオス、ミャンマー、インドネシアで鉄道や港湾、発電所が建設されている。その強引な手口から、南シナ海、インド洋沿岸の港湾建設をめぐって、地元の反発が起きている。
 「習近平主席が好き」を連発していたフィリピンのドゥテルテ大統領も、領有権をめぐり新たな火種が生まれたことから親中路線を修正し、対立を深めている。中国はフィリピンの排他的経済水域で人工島の造成を進めてきたが、さらにルソン島東側の「ベンハム隆起」周辺海域の実効支配に乗り出し、フィリピンの怒りを買った。ほかにもベトナム、インドネシアなどが一帯一路に絡む「中華圏の拡大」に反発して、その正体を見極めようとしている。
 今回のマハティール新政権による対中政策変更は、一帯一路構想受け入れの誘惑に負けそうな途上国に、考え直すきっかけを与えた。ベトナムがこの構想の対抗概念と見なす「インド太平洋戦略」を打ち出した日本に接近を深めているのも、そうした流れと無縁ではない。従って、安倍晋三政権が国内政治の絡みから一帯一路構想に安易に乗るようなことがあれば、途上国の期待をも裏切ることになる。(了)