公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第520回・特別版】米朝の危うい政治ショー

湯浅博 / 2018.06.14 (木)


国基研企画委員 湯浅博

 

 確かに、米朝首脳会談を開催した6月12日は、歴史的な1日になった。劇場型の政治指導者2人が「朝鮮半島の完全非核化」へ向けて原則的に合意したからだ。トランプ米大統領は会談後の記者会見で、当初もくろんだ大量破壊兵器の「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」が、共同声明に書き込まれていない点を指摘され、「時間がなかった」といら立ち気味に答えた。不完全であっても、初の首脳会談開催を優先させる必要があったのだろう。その結果、北のような世界の最貧国であっても、核兵器さえ持てば超大国を動かせることを立証してしまった。

 ●北の狙いは核計画の存続
 本来なら金正恩朝鮮労働党委員長に核・ミサイルの廃棄を約束させ、その日程、査察の受け入れを共同声明に盛り込む必要があった。しかし、今年11月6日には米中間選挙があり、2020年11月にはトランプ大統領が再選に挑む可能性がある。「北朝鮮の非核化」ではなく米朝間で解釈の異なる「朝鮮半島の非核化」であっても、合意しておけば選挙前に核関連資材やミサイルの搬出が実現する可能性がある。
 トランプ大統領は政治ショーによる米朝首脳会談の「お手柄」をツイッターで誇示した。しかし、非核化の見返りとしての経済支援には、米国民の税金は使わず、「韓国、日本が支払う」としてツケを回している。北の周辺国を見渡して、本格的な資金提供ができるのは、下心のある中国を除いて日本しかない。安倍晋三首相は経済援助という疑似餌に食いついてくる魚のタイミングを計って、じっくり取り組むのだろう。北が拉致問題解決の意思を示さない限り、戦後補償なるものはあり得ない。
 他方、北の3代目にとって優先すべきは金王朝の存続であり、国際社会の経済制裁を減らし、核計画を秘密裏に保有し続けることである。共同声明はトランプ大統領による「安全の保証」の誓約を書き入れており、それを前提に「半島の完全非核化」に落とし込んでいる。

 ●中国との利害一致
 ここに至るまで北の動きは、米中両大国を相手にする危ういゲームであった。金正恩氏は超大国との交渉にあたって、厳しい制裁をすり抜ける経済支援の担保が必要だった。3月に列車で20時間かけて北京入りしたのも、次いで5月に大連へ飛んで習近平中国国家主席と2度目の会談をしたのも、米国からの圧力に耐える制裁緩和を要請するためであろう。
 それは、中国の利害とも一致する。中国からみると、「戦略的競争相手」の米国と向かい合うためにも、北には安定した緩衝地帯であってほしい。同時に、北の3代目は格好の対米カードになり、使い方によっては中国が長年求めてきた在韓米軍撤退へもつながる。「半島の非核化」の合意は、韓国にも核がないことの証明を要求することが可能だし、米国の核抑止力にまで禁止対象を広げることも考えられる。
 しかし、共同声明で核廃棄の手順、日程、検証方法などが先送りされた以上、北を抑止する在韓米軍の撤退はあり得ない。トランプ大統領が狙う北朝鮮の核廃棄の交渉はこれからである。(了)