国基研企画委員・東京国際大学教授 大岩雄次郎
菅直人首相の「脱原発依存社会」へ向けた世論操作がわが国の経済のみならず、政治、外交における交渉力を弱体化させる危険性は、計り知れないほど大きい。
エネルギー政策の本質はエネルギー安全保障(国民生活、経済・社会活動、国防等に必要な量のエネルギーを受容可能な価格で確保すること)にあることを肝に銘ずるべきである。
目指すべきはエネルギーのベストミックス
菅首相は、「エネルギー基本計画」の白紙見直しを表明した際に、この基本計画の3日前に閣議決定された『エネルギーに関する年次白書』が示したエネルギー安全保障の重要性に全く言及しなかった。白書で指摘されたエネルギー安全保障に対するリスクのうち、尖閣問題に代表される地政学的リスクは近年とみに高まっているにもかかわらず、である。
そもそも、民主党が基本計画で2030年に原発への電力依存度を50%超にすることを掲げたこと自体がエネルギー安全保障の問題意識を欠いている。
原子力発電でも、再生可能エネルギーでも、特定のエネルギー源に依存しすぎることの危うさは、石油ショックなどの経験から言うまでもないからだ。エネルギー安全保障を担保できるのは、エネルギーのベストミックス(最適な組み合わせ)であって、脱原発ではない。
原子力には政治的役割もある
現実的なエネルギー源としての原子力の持つ経済的役割は否定し難い事実だが、それに劣らず重要なのは、原子力発電の持つ政治的、外交的役割である。
原子力技術を維持することは、軍事転用の可能性を残すという点で、潜在的な核抑止力を保つことを事実上意味する。そのため、脱原発により、世界に冠たるわが国の原子力技術が失われることは、日本の国力の失墜だけでなく、国際社会における潜在的な核抑止力の低下につながると言える。
現在の原子力発電保有国は31か国で、計画中などを含めると46か国に及ぶ。中国、インドなど新興国の人口増大や経済発展により、世界のエネルギー需要は増大する一方で、大量かつ効率的に発電できる原子力は不可欠とされている。
しかし、経済的理由より政治的、外交的目的で原子力発電を保有しようとする国が相当数あるのは明らかである。国際社会での潜在的な核抑止力を維持・強化するためにも、唯一の被爆国で原発事故の当事国でもあるわが国が果たすべき使命は、脱原発ではなく、世界一安全な原子力発電のモデルを開発し、提供していくことである。(了)
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