国基研企画委員・福井県立大学教授 島田洋一
2月29日に発表された北朝鮮の核問題に関する米朝合意は「正しい方向へのささやかな第一歩」(クリントン米国務長官)どころか、米国が再び同じ迷路に入り込み、日韓が引きずられる危険な一歩となる可能性が高い。詳細は省くが、北朝鮮が一時停止するという核活動のうち、ウラン濃縮施設は寧辺地域のものに限られ、プルトニウム関連施設は北側発表では含まれないなど、既に米側は一歩目から、片足ならず両足とも道を踏み外しかけている。
また米側が提供する「栄養補助食品」は、援助機関がアフリカの飢餓地帯等で配っているビタミン・プロテイン強化ピーナツバター(製品名プランピー・ナット。ビニールで密閉包装され長期保存可能)などとされるが、これは特殊部隊や工作員の携行食糧に最適で、直ちに流用され、事実上テロ支援となろう。
米朝合意は見飽きた小細工
最近ミャンマーの自由民主化に期待が高まり、制裁解除や投資の動きが国際的に加速している。流れを作ったのは、ミャンマー政府による政治犯の解放だ。ある強権体制が本格的な改革に乗り出したか、最大のメルクマール(判断指標)が政治犯の釈放である。
北朝鮮の場合、核兵器計画の一部にすぎないウラン濃縮の部分的な一時停止、といった見飽きた小細工に見返りを与えることは、政治犯解放という民主化への真の第一歩を遅らせるだけである。外国人拉致被害者全員の解放も同じ意味合いを持つ。
この一週間の動きでむしろ重要な契機となり得るのは、ソウルの中国大使館前で韓国の朴宣映議員が敢行した脱北者強制送還に抗議する断食座り込みである。同議員は3月2日、断食11日目にして昏倒し病院に搬送されたが、その間、韓国内にかなりの支援・同調の動きを巻き起こした。「女性議員が一人で脱北者問題に対する世間の無関心に立ち向かい、その叫びに世界が耳を傾け始めた」(朝鮮日報)との評価は誇張ではない。現に米議会は、朴議員の断食に呼応し、5日に上下両院合同で、中国の国連難民条約違反に関する緊急公聴会を開く。
自由統一の予行演習としての脱北者保護
中国が脱北者の韓国行き(第三国経由でよい)をある程度でも黙認せざるを得なくなれば、旧東ドイツが「出血多量」で倒れたのと同じ状況が北朝鮮でも招来されよう。ところが従来、肝心の韓国政府が、中国に強く抗議もせず、国際的な場で問題提起もせず、同盟国・友好国に支援も求めずという及び腰の状態だった。
今回は李明博大統領も、「皆がすべきことを一人でしてくれて申し訳なく思う。よい契機を作ってくれ、感謝している」と断食中の朴議員に電話をかけざるを得なくなった。日本からもこの機に政治家が声を上げ、韓国政府が中国に強い姿勢で臨むよう、激励・支援の形で圧力をかけねばならない。その経験を経ることで、北の混乱事態に際し、保護国化を狙う中国に対して韓国が自由統一を掲げて対抗、日米が支援という体制も確実に築けていけよう。(了)
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第131回:議員の対中抗議契機に日米韓は結束せよ(島田洋一)