覇権国家間の対立を、古代ギリシャのスパルタとアテネの抗争になぞらえて「トゥキディデスの罠」の名文句を広めたのは米ハーバード大学のグレアム・アリソン教授だ。そのアリソン氏がフォーリン・アフェアーズ誌7-8月号に「リベラル・オーダー(自由主義的国際秩序)の神話」と題して一文を書き、米国は国際秩序の維持者たらんとするよりも自国の健全な民主主義再生に重点を移すべしと説いた。内向きの米国に拍車をかける議論がついにこの人から出たか、との感がある。
●「マクドナルド国家」の出現
「リベラル・オーダー」は後から登場してきた概念で、第2次大戦後に米国の戦略家がまず考えたのは日本と欧州を経済繁栄の地域にすることだった、とアリソン氏は指摘する。欧州を復興させたのがマーシャル・プランであり、制度としてつくられたのが国際通貨基金(IMF)、世界銀行、ガット(貿易関税一般協定)だ。冷戦下の集団安全保障のため、北大西洋条約機構(NATO)と日米安保条約が成立した。次いで、西側陣営強化のために国益と価値観を共有する必要があるとの見地から、ソ連の共産主義に対抗して米国はリベラル・デモクラシー(自由民主主義)の構築に力を入れた。
イデオロギーの戦いであった冷戦がリベラル・デモクラシーの勝利で終わり、どのような世界が出現したか。一時的な米国一国主義の後には、中産階級を中心とした「マクドナルド国家」が生まれたとアリソン氏は表現する。戦いのために銃を取るよりも、バーガー屋に列を成す社会だ。他国のために息子の血を流せるかというトランプ大統領の発言と、民主党系の学者の言い分が重なっている。
そこに、大国間のバランスの急激な変化が発生した。一党独裁の中国の台頭、強権的でイリベラル(非自由主義的)な核超大国のロシアの再興、そして米国の衰退だ。アリソン氏は米国の国内総生産(GDP)の世界に占める割合が、大戦直後の2分の1から、冷戦終了直後に4分の1となり、現在は7分の1へと着実に落ちていると述べる。
●忍び寄る孤立主義
トランプ大統領の登場は一時的な現象か、しかるべき原因があっての結果か。アリソン氏は後者だと言う。結論は、リベラルだろうがイリベラルだろうが、国際秩序の維持は多様な各国の考えに任せ、米国は機能する民主主義の再建に専念すべし、と説いている。トランプ大統領の背後にある孤立主義がここにも出てきた。日本はマクドナルド国家であることにも気付かない。(了)