国基研副理事長 田久保忠衛
菅直人首相はいかなる思想の持ち主か。それを解明する材料は、6月11日の所信表明演説だろう。そこで彼は、松下圭一法政大学名誉教授と故永井陽之助青山学院大学名誉教授の2人を「恩師」として挙げている。松下氏は、戦後日本の論壇を支配した感のあったいわゆる進歩的文化人中の大御所的存在、丸山真男東大教授の直接の教え子だし、永井氏は、丸山ゼミ生ではなかったが少なからぬ影響を受けたことを自認している。
松下理論の狙いは国家解体
松下氏の代表的著作「市民自治の憲法理論」は文章が晦渋だが、言わんとするところは、日本が近代国家として守り続けてきた国家主権を転換して「地方主権」を実現せよということに尽きる。狙っているのは国家の解体以外の何物でもない。冷戦後、ますます主権国家同士の争いが激しくなっている国際情勢はそっちのけで、明治以降の日本を「市民自治」に切り替えていくなどというのは空想だ。
菅氏が活動していた社会市民連合の代表は江田三郎氏だった。江田氏はイタリア共産党のトリアッチ書記長が1956年の党大会で提唱した「構造改革論」に飛びついて、社会党から事実上追放された。社会党機関紙「社会新報」61年1月1日号の共同討議を読むと分かる。資本主義の生産関係に労働者が介入して部分的な改革を進め、次第に「搾取の根幹を掘り崩す」過程が明らかにされている。地方主権を発展させて国を崩壊させる思考と一致しないか。
永井氏は有事駐留論
永井氏が67年に出した「平和の代償」を勉強したと菅氏は所信表明演説で述べた。非武装中立論が大手を振ってまかり通っていた時に永井氏が説いたのは、詰まるところ日米同盟を有事駐留に切り替えていく提案だった。これが当時の「現実主義者」の本音だから、何をかいわんやだ。永井氏は、日本は軽武装で経済大国になればいい、と「吉田ドクトリン」なる造語を唱えた。吉田茂が夢想だにしなかった日本の戦後の体質を、この名称で世に広めた。
松下氏や永井氏を尊敬するのは人の自由だから、文句を言うつもりはない。今、われわれの目前に存在するのは、国内総生産(GDP)で日本を追い越し、軍事大国化に邁進している中国だ。日本はどう対応するのか。松下、永井理論の信奉者が、それも国旗国歌法案に反対した人物が、陸海空3自衛隊の最高指揮監督権を持つ首相の座に就いていいのか。疑問はこの一点だ。(了)
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第45回:「恩師」から探る菅首相の危険思想(田久保忠衛)