欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会が原子力発電への投資を促進する方向を打ち出したのに対し、脱原発を主張する小泉純一郎氏ら日本の元首相5人が「(原発事故で)福島の多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しんでいる」との書簡を欧州委のフォンデアライエン委員長宛てに1月27日付で送った。5人は小泉氏のほか、菅直人、鳩山由紀夫、細川護熙、村山富市の各氏。
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は昨年3月、「放射線被ばくが直接の原因となる健康への影響(例えば発がん)が将来的に見られる可能性は低い」との報告書を公表しており、5人の書簡は科学的根拠に基づく同報告書の結論を無視している。福島県の専門家委員会も、これまでのところ放射線被ばくと甲状腺がん発生の関連は認められないとする見解を示している。
●与野党と福島県から続々非難
2月2日、岸田文雄首相は5人の書簡を「誤った情報を広め、不適切」と批判、山口壮環境相は5人に注意を求める文書を送った。自民党の高市早苗政調会長は「福島の子供を苦しめる」と抗議し、同党の外交部会や環境部会などは合同役員会で、5人を非難する決議案をまとめた。
野党では、日本維新の会の藤田文武幹事長、国民民主党の玉木雄一郎代表が批判した。菅直人氏を最高顧問と仰ぐ立憲民主党の泉健太代表は「(書簡送付は)党の活動ではない」とコメントを避けた。
福島県の内堀雅雄知事は、5人に科学的知見に基づく情報発信をするよう申し入れた。
●放射能汚染より危険な情報汚染
筆者は2013年9月、福島県の被災者ら約30人と共にウクライナを訪問し、1986年に事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所や、ゴーストタウンになったプリペチャ市、新しく建設された住民2万4700人のスラブチッチ市、首都キエフの放射線医学病院とチェルノブイリ博物館を視察した。
その放射線医学病院の院長、内科医、精神科医から、福島県の被災者へ向けて、「放射能汚染よりも情報汚染の方がはるかに危険だから、福島でも気を付けるように」とのアドバイスを受けた。情報汚染とは、過度のマスコミ報道や議員の発言などのことで、「風評被害」や被災した子どもたちへのいじめが起きた。
福島県でも住民を今も苦しめているのは、津波や原発事故に続く風評被害である。5人の元首相は、事実に基づかない風評被害を発生させかねない誤ったメッセージを世界に送った。
ちなみに、ウクライナで人々の暮らしと経済を救ったのは、原発の再稼働であった。(了)