公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

奈良林直

【第947回】首相は原発審査の迅速化を指示せよ

奈良林直 / 2022.07.25 (月)


国基研理事・東京工業大学特任教授 奈良林直

 

 電力需給は今冬へ向けて厳しい状況が続く。岸田文雄首相は今月、冬までに最大9基の原子力発電所を再稼働するよう指示を出したが、電力会社が航空機テロ対策の工事を終えて再稼働することを決めている原発も含むので、新味に乏しい。しかも、対象となる原発は西日本のものに限られ、電力需給の逼迫ひっぱくが特に懸念される東日本の原発が入っていない。
 首相として重要なのは、東日本の約20基の再稼働のため、原子力規制委員会に安全審査の迅速化を指示することだ。低廉な電力を安定供給することが首相の目指す新成長戦略の実現に不可欠だ。

 ●原子力規制委がつくり出した電力不足
 2012年9月に原子力規制委が発足した際、脱原発派の菅直人首相(当時)は「トントントンと10基も20基も(原発が)再稼働することはあり得ない。規制委は活断層の議論をしているからだ」と言い放ったと報道されている。10年後の今、電力需給の逼迫が起こるほど原発再稼働へ向けた審査が遅延している。地震や活断層の有無の決定プロセスがあいまいで、審査が先に進まないのだ。
 米国では1979年のスリーマイル島原発事故以降、「原子力規制を厳しくする」として、事業者能力査定制度(SALP)が採用された。しかし、これは些細な事故に過大な罰金を科す制度で、電力事業者の意欲を削ぎ、大失敗した。その反省で取り入れられたのが原子炉監督制度(ROP)てある。規制委が事業者自身による点検を促す制度で、事業者が事故の予兆を捉えて予防するという緊張感のある規制に進化した。
 東京電力柏崎刈羽原発6、7号機は新規制基準に基づく安全審査に合格したが、テロ対策の検知器の故障を放置したとして、工事認可の審査が停止した。規制委が検知器の点検を事業者に指示し、それを確認するというのがROPの正しい手順なのに、それをせず、責任を事業者に転嫁した。2021年9月、梶山弘志経済産業相(当時)が東電の社長を呼んで叱責したが、それでは本質的な問題解決にならない。
 米国の安全対策は、コストをかけずに事故発生リスクを大きく減らすものを優先する。航空機テロ対策に1000億円以上のコストがかかる特定重大事故対処施設(特重施設)の設置は、優先度の最も低い対策だ。原発の周りに航空機障害物を設置する方がはるかに経済的で、テロ抑止力も大きい。

 ●再エネ優先を見直せ
 我が国ではさまざまな業種の企業が電力の販売に参入する電力自由化が進展したように見えたが、発電量の3分の1を占める天然ガスの価格高騰により、新電力会社の倒産・撤退が相次いでいる。
 電力供給を安定させるには、再生可能エネルギー優先政策を抜本的に見直し、安全性を高めた原子力発電所を最大限に活用する政策にかじを切る必要がある。電力・エネルギー供給の余裕が出てこそ、日本はロシア極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」の権益維持をめぐるロシアとの交渉に有利に臨むことができる。ドイツも同じで、脱原発政策をやめない限り、ロシアによる天然ガス供給削減の揺さぶりから逃れる術はない。(了)
 
 

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