公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

西岡力

【第1128回】岸田首相の訪朝あり得るか

西岡力 / 2024.03.11 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学特任教授 西岡力

 

 私は2月19日の本欄で「近く、岸田(文雄)首相訪朝があり得る」と書いた。2月15日に北朝鮮の事実上の権力ナンバー2である金与正労働党副部長が訪朝の可能性に言及する談話を出したことを受けたものだった。ところが、マスコミと専門家の多くは、談話では拉致問題を障害物としない限り、という前提条件を付けているとして、訪朝の可能性を疑った。

 ●与正談話のシグナル
 マスコミと専門家の多くは与正談話を読み誤っている。訪朝の前提条件の部分を朝鮮語原文から直訳すると、「解決済みの拉致問題を両国関係展望の障害物としてのみ置かないならば、両国が親しくなれない理由がなく、首相が平壌を訪問する日もあり得るであろう」となる。ここで「のみ」と訳したのは、朝鮮語の「マン」という言葉だ。談話はわざわざ「マン」を「障害物として」の後ろに付けている。そこに金与正氏の意図がある。「障害物としてのみ置かなければ」と言っているのだから、素直に読めば、別のものとして置けば良いということになる。例えば、拉致問題を未来のための交渉材料として置くなら首相訪朝は可能だという意味になる。
 ところが、マスコミは全社、この重要な「マン」を無視して、以下のように談話を報じた。
 NHK「すでに解決された拉致問題を両国関係の障害物としないのであれば」▽朝日「解決済みの拉致問題を障害物としなければ」▽読売「日本が拉致問題を両国間の問題としない場合に」▽毎日「既に解決された拉致問題を両国関係の障害物として捨てるのなら」▽産経「日本人拉致問題を『障害物』とみなさなければ」
 各社が記事作成の参考にするラジオプレスも「障害物として置くことさえしなければ」と不正確に訳した。ここでは「マン」を「置くこと」という部分の後ろにわざわざ動かして「さえ」と訳した。これでは、拉致について障害物以外の置き方があるという、談話が言わんとしていた内容が完全に消えてしまう。

 ●独自制裁解除に踏み込んだ家族会
 私たち拉致被害者の家族会と支援団体の「救う会」は2月25日、「親の世代の家族が存命のうちに全拉致被害者の一括帰国が実現するなら、我が国が人道支援を行うことと、わが国がかけている独自制裁を解除することに反対しない」という新しい方針を決めた。北朝鮮へのコメ支援に座り込みをしてまで反対してきた私たちが、昨年の運動方針ではコメを含む人道支援の実施に反対しないとした。北朝鮮貨客船「万景峰号」入港反対デモを行った私たちが、今年はその入港禁止を含む独自制裁の解除に反対しないということまで踏み込んだ。
 3月4日、この運動方針を岸田首相に手交した。私は岸田首相に「首相が一昨年10月の国民大集会で初めて拉致問題に時間的制約があると付言したところから、今の動きが始まりました。この戦略は正しいです。首相は自分が先頭に立って解決すると言われた。ぜひ頑張ってください」と短く語った。首相は強い目で私を見返した。(了)
 
 

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