国基研理事 斎藤禎
文藝春秋の名編集者と謳われた池島信平は、われわれ後輩に「いい雑誌を作りたかったら昔の雑誌の目次を見ることだ」といつも言っていた。習い性となって、現役編集者の時代はとっくに終わっているのに、ことあるごとに以前の雑誌の目次を思い起こしている。
集団妄想を暴いた匿名グループ
文藝春秋編集部に最初に配属されたのは、昭和49年、50年、51年だった。いまからもう40年近く前のことだ。田中角栄失脚につながった立花隆『田中角栄研究』、児玉隆也『越山会の女王』が載ったのもこの頃だ。ちょうど同じ頃、グループ1984という匿名集団による『現代の魔女狩り』という論文がやはり文藝春秋に掲載されている。
グループ1984とは、言わずと知れたジョージ・オーウェルの近未来小説の題名をもじったものだが、彼らはこうした趣旨のことを書く。
「最近の社会は明らかに集団的ヒステリーに侵されている。汚染や戦争といった都合の悪いことがあると、原因を本能的に探し出しそれに一切の責任を押しつける。14~16世紀のヨーロッパでは黒死病で2000万人が死んだ。この災厄をもたらしたものは魔女に違いないと900万人もの罪なき人々を犠牲にした。魔女狩りは集団的妄想による人間精神の病だった。まさしくそれと同じ状況下にあるのがこの日本なのだ。他人を勝手に魔女に仕立て上げ、しかも、自分こそが絶対正しいのだと無謬性のなかに閉じこもる。」
いま、原発、がれき処理、中国、消費税、TPP(環太平洋経済連携協定)、沖縄といった諸問題が時代の閉塞感となって、梅雨時の汗のようにぬぐってもぬぐっても心とからだにまとわりついてくる。
憲法問題にしても、護憲派=よい人、改憲派=悪い人とばかりに、〝1946年憲法〟に疑義をただしたりすると魔女呼ばわりされかねない空気がある。
今も光る山本七平論文
当時の文藝春秋に山本七平が『空気の研究』を書いている。
「空気とは、論理の積み重ねでは説明できないが故に、空気という。論理的な判断をしたと言いながら、実は『空気が許さない』などという強固で絶対的な支配力を持つものに判断の基準をおく。それに抵抗するものは異端、魔女として社会から葬られていく。」
『現代の魔女狩り』といい『空気の研究』といい、少しも色あせていない。まるで発売されたばかりの文藝春秋に載っていたかのようだ。
「最も害を与える人は最もよいことをしようと努める人である。」(オスカー・ワイルド)
(了)
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第149回:『現代の魔女狩り』と『空気の研究』(斎藤禎)