国基研企画委員・東京基督教大学教授 西岡力
先週、北朝鮮で人民軍総参謀長の李英鎬が解任され、党第1書記金正恩が大将から元帥へ昇進した。その背景に関して様々な分析が出ている。
改革路線への転換は疑問
第1は、軍強硬派である李英鎬の解任は、金正恩政権が金正日時代の路線を転換し中国式改革開放政策をとるための布石だという見方だ。李英鎬解任の決定が党政治局会議で行われたことを根拠に、軍主導の先軍政治から党による軍の支配という金日成時代の党軍関係が復活したと見る人もいた。中国の人民日報系の国際情報紙・環球時報は「李氏の解任によって、朝鮮の対内、対外政策はさらに穏健なものになることが可能である」とする中国共産党中央党学校教授の論評を掲載した。日本国内でもこのような見方をする解説が出た。
しかし、私は今回の軍人事を金正恩政権の政策転換と結びつけることは出来ないと見ている。本欄でも繰り返し書いてきたが、確かに北朝鮮の党と軍の幹部の中には、広い範囲で中国式改革開放政策をとるべきだと考えている者はいる。それをしないと政権が崩壊し、韓国による吸収統一が実現して自分たちの特権的地位が剥奪されてしまうことを恐れてのことだ。金正日時代から多くの幹部は内心そう考えてきたが、家族連座制で殺されるので黙っていた。
2008年8月脳卒中で倒れた金正日は、自分の死後、幹部たちの本心が表面に出てくる可能性が高いと予測し、それを押しとどめることのできる後継体制構築に腐心した。だから、改革開放派の長男金正男でなく、三男金正恩を後継に選んだ。党政治局に重要な決定をさせる体制も、金正日が生前の2010年に党代表者会議を開催した時に導入した。党の権威で後継政権を強めようという狙いだ。金正恩の後見人として実の妹金慶喜を党組織指導部長にした。組織指導部は党、政府、軍の全幹部の人事権を持ち、また全組織を政治的に指導することが出来る金正日個人独裁の権力の源泉であり、金正日がその部長を兼ねていた。
これらすべては金正日が自分の死後、政策転換が起きないようにするために作った反改革開放体制だ。今回の人事はそれを壊すものではない。従って路線転換と直接結びつくことはない。
陰湿な権力争いか
第2の見方は、金正恩政権内の勢力争いだ。誰が金正恩の最側近かを争う陰湿な闘いだ。北朝鮮内部では今、「総参謀長が党行政部長張成沢と軍総政治局長崔龍海に追い落とされた」という噂が広がっている。李英鎬の孫娘が学校で「うちのおじいちゃんが決心すれば、今日にでも戦争をすることができる。将軍様(金正恩)もうちのおじいちゃんの話なら何でも聞く」と自慢したことを張成沢が問題視して崔龍海に調査を命じ、その報告を基に金正恩が粛清を決めたというのだ。この噂はかなり正確に事態を把握しているのではないか。
ただし、このまま軍幹部らが軍歴のほとんどない金正恩、崔龍海、張成沢らによる軍支配と軍幹部粛清を傍観しているのか。軍内にたまる不満が粛清に対する先制攻撃として表れる可能性は十分あると、今年初め西側情報筋は予言していた。推移を注意深く見守りたい。(了)
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第151回:北朝鮮軍幹部解任をどうみるか(西岡力)